私は今小さな幸せも見えないくらい落ちている。未来も暗く見える。現状は今後もういいことがないのではないかと思わせてくる。本来素敵なはずのこの季節。街が綺麗に着飾られているこの季節が嫌味のように見えてくる。
人生は不幸の割合が高いのだと思う。ずっと幸せな人なんていないし、友達と話していてもほとんど愚痴ばかり。病院の先生も言っていた。人生って大変なことが8割だからって。
でも人間って素晴らしくて、美味しいご飯を食べたり、推しを見たり、温かいお風呂に入ったり、綺麗なお花を見たり、人それぞれの回復スポットを持っていて、そこに行けば嫌なことがちょっと薄まって明日に進もうと思えるような生き物なのだ。そうでなければならない生き物なのだ。
私ももちろん回復スポットがある。なんなら人より多めに持っているはずだ。でも今は回復スポットが見当たらない。いつも行ってるはずなのに辿り着かない。そこにすら行けない。そこに行くまでの道のりが封鎖されているのだ。どこに行っても封鎖されている。
こういう時私はどうしていいかわからなくなる。私はうつ病だから回復スポットに辿り着かなくなることなんて何度もあった。でも毎回その時の記憶は消去されてしまって、また1からやり直しになってしまう。せっかく回復スポットまでの道のりの封鎖を解いたのに、封鎖を解く方法を知っているはずなのに。
こうやって回復スポットへの道のりの封鎖を解く方法を模索している期間が一番死にたくなる。そして何も見えなくなる。足元に落ちているような小さな幸せも踏み潰してしまうくらい。もったいないと思う。例えば、いつも混んでいる店が空いていたとか、満員電車なのに目の前の人が次の駅で降りて座れたとか、メイクが上手く行ったとかそんなことも手に取れないくらい何にも見えない。私はこういうものは積極的に手に取って眺めて記憶の宝箱に大切に詰めておきたいタイプなのに。でも今は記憶の宝箱も埃をかぶっている。なんなら宝箱の鍵もどこにあるかわからない。ただ今を生きて、過去に落ち込み、明日に怯える日々を過ごしている。
私は街が着飾られているこの季節が終わる前に、回復スポットに行って嫌なことを薄めて明日に進みたい。そして記憶の宝箱の鍵も見つけて、また前みたいに小さな幸せを手に取りたい。クリスマスに向けて着飾っているこの街に心から綺麗だと言ってあげたい。