粒田餡

ADHDが生きるにはこの世界は難しすぎる

今死んではいけない

死にたいと思った時、私はあの頃の自分と目が合う。

しかも1人ではない。将来の夢がパティシエだった時の自分も、学校に上手く馴染めないけど毎日小学校に登校していた時の自分も、とにかく勉強をしていた時の自分もいる。たくさんのあの頃の自分がこっちをみている。

「死んじゃだめ!」なんて軽い言葉を言うような目では無い。全員「今の自分を水の泡にする気か?」と喧嘩が始まりそうな目をしている。そんな目で見られたら死にたくても死にきれないと思わせられるような、そんな瞳。

私は今あの頃の自分達が納得するような死に方を探している。ここで死んだら誰も喜ばない。あの時踏ん張ってくれた彼女らの頑張りを蹴り飛ばすような人生の終わり方をしたくない。

私は彼女らの思いを背負って生きている。彼女らの思いを思い出すたびに人生に負けてたまるかと歯を食いしばる。

 

夢の中の自分に別れを

夢をみるのが楽しくて、夢の世界で生きるのが心地よくて、薬を飲むのを辞めてしまっていた。薬を手放した自分はあまりにも惨めで見ていられない。

お風呂には最後いつ入っただろうか。最後外に出たのはいつだろうか。でも絶対に歯磨きをしている私はまだ自認が人間なんだろう。

夢を見ていろんなところへ行った。

沖縄にも行ったな。飛行機に乗り遅れそうになったな。たくさん歩いたな。たくさんの人にも会ったな。夢の中の自分は人生を満喫していて可愛かった。愛おしかった。そんな自分が大好きだった。

薬を飲めば、あなたはもう旅にはいけない。思うがままの人生を生きれない。ごめんね。

この私が生きてる世界であなたを楽しませることができたらいいんだけど、難しい。結構試行錯誤しているつもりなんだけど。

あなたが心から楽しいと思える生き方を目指しているよ。うつ病も早く治すよ。

じゃあね

着飾っているこの街は私に喧嘩を売っている

私は今小さな幸せも見えないくらい落ちている。未来も暗く見える。現状は今後もういいことがないのではないかと思わせてくる。本来素敵なはずのこの季節。街が綺麗に着飾られているこの季節が嫌味のように見えてくる。

人生は不幸の割合が高いのだと思う。ずっと幸せな人なんていないし、友達と話していてもほとんど愚痴ばかり。病院の先生も言っていた。人生って大変なことが8割だからって。

でも人間って素晴らしくて、美味しいご飯を食べたり、推しを見たり、温かいお風呂に入ったり、綺麗なお花を見たり、人それぞれの回復スポットを持っていて、そこに行けば嫌なことがちょっと薄まって明日に進もうと思えるような生き物なのだ。そうでなければならない生き物なのだ。

私ももちろん回復スポットがある。なんなら人より多めに持っているはずだ。でも今は回復スポットが見当たらない。いつも行ってるはずなのに辿り着かない。そこにすら行けない。そこに行くまでの道のりが封鎖されているのだ。どこに行っても封鎖されている。

こういう時私はどうしていいかわからなくなる。私はうつ病だから回復スポットに辿り着かなくなることなんて何度もあった。でも毎回その時の記憶は消去されてしまって、また1からやり直しになってしまう。せっかく回復スポットまでの道のりの封鎖を解いたのに、封鎖を解く方法を知っているはずなのに。

こうやって回復スポットへの道のりの封鎖を解く方法を模索している期間が一番死にたくなる。そして何も見えなくなる。足元に落ちているような小さな幸せも踏み潰してしまうくらい。もったいないと思う。例えば、いつも混んでいる店が空いていたとか、満員電車なのに目の前の人が次の駅で降りて座れたとか、メイクが上手く行ったとかそんなことも手に取れないくらい何にも見えない。私はこういうものは積極的に手に取って眺めて記憶の宝箱に大切に詰めておきたいタイプなのに。でも今は記憶の宝箱も埃をかぶっている。なんなら宝箱の鍵もどこにあるかわからない。ただ今を生きて、過去に落ち込み、明日に怯える日々を過ごしている。

私は街が着飾られているこの季節が終わる前に、回復スポットに行って嫌なことを薄めて明日に進みたい。そして記憶の宝箱の鍵も見つけて、また前みたいに小さな幸せを手に取りたい。クリスマスに向けて着飾っているこの街に心から綺麗だと言ってあげたい。

 

深夜一緒に食べた一蘭の味を忘れる方法

今日は満月だ。そして私の誕生日だ。

私は人に比べて誕生日を特別視するような人間ではない。

歳を重ね、死に近づき、運が良ければプレゼントをもらえる。そんな日だ。

いい意味でも悪い意味でも重要視するようなものでもない。ただの日常。

そんな今日解釈が壊された。

前日に伝えられたこの関係を終わりにしたいとの冷たい言葉。真冬に生足を出してる時の何倍も冷い言葉。

そんな素ぶりはなかった、と思う。でも今思い返せば心の距離を離してる仕草がたくさんあった。

しかし彼はずるい。「僕は気分屋ですから」というそのずるい言葉に私は飲み込まれていた。

私は素直できっと私に面識がある人10人中8人は素直な人だと答てもらえる自信がある。

少し冷たくても「疲れてるんだ」と言われれば信じていたし、「手を繋いでもいいですか?」という言葉がなくてもこんな日もあるか、と受け取っていた。今考えるとおそらく心の距離が離れていっている兆候だったのだろう。なんて能天気なやつなんだと自分でも思う。別れたあとに気づくなんて最悪の置き手紙のようだ。

離れたいという言葉を受け取って返した言葉は、離れたいと思った理由はなんですか?でただ、その考えに至ってしまった思考の経路を知りたかった。

彼の最初の回答は、「価値観の違いと考え方の違い」だった。

がっかりだった。

上辺のような、ありきたりで、ただ離れたいためにいう決め台詞みたいなことを言われて。

この世に価値観が全く同じ人がいるか?考え方が全く同じ人がいるか?

思わず感情に言葉を乗せるところだった。

価値観というのは違いを楽しむものではないのか、考え方というのは違う考え方を聞いて視野を広げていくものではないのか。このような会話を楽しむのも恋人というものではないのか。

LINE上の文面のみでは、私は彼の離れたくなるまでに至る思考を読み取れず、会うことを提案した。顔も見たくないくらい嫌になっているのなら会わなくて良いとも。

彼はそこまで嫌いになってはいないようで明日池袋で合流しカフェに行くことになった。

当日彼から送られてきたメッセージは今までで一番光がなかった。こんな能天気な私でも心が離れていることがわかるくらい。

合流して早々「今日寒いですね」と言われた。暖かい言葉なはずなのに全く暖かくない。柔らかい言葉なはずなのに棘さえ感じる痛い言葉だった。耳に棘が刺さったまま聞く彼の言葉はどれも痛かった。数日前までは棘を抜いてくれる存在だったのに。

彼はカフェでの話し合いを望んでいたが、私はカフェの静寂に耐えられる気がせずファミレスを提案した。普通に却下された。

何度も池袋に来てるはずなのに見たこともないカフェに決定して、静寂に耐える覚悟を決めながらカフェに入店した。

メニューを持ってきてもらって私は紅茶のみ載っているページを開いて彼に見せた。彼はコーヒーが飲めないからだ。そして彼は紅茶に砂糖を入れないと飲めない。私なりの優しさだった。もう開いていない彼の心に優しさを見せつけるように、わざとらしくページを開いた。

案の定彼は温かい紅茶を頼み、私はアイスカフェラテを頼んだ。ちょっといいカフェだったからきっと美味しいカフェラテだったのだろう。

 

結論、彼は、私の話すこと、行動、見ているもの、聴いているものを見ているとつまらない人間だと感じた。そしてそれに失望した。だから離れたいとのことだった。

まあ、つまらないと思われても仕方ない生活をしていたかもしれない。実際自分のそのような面しか見せていなかったし。

彼は人間はたった一面でできているわけでないということを知らないようだった。自分に見せている面がその人の全てだと。

私はかっこつけたがりだ。とにかく努力を隠したい、目標だって人に言いたくない。そっちの方がかっこいいじゃん。泥臭く頑張ってる姿は人に見せたくないんだよ。

「えりこさんにどうして生きてるか聞いても目標もなくてただ生きてるだけと答えてたじゃないですか。その話を聞いた時、僕はこの人と居ても幸せになれないと思ったんです。」

あと彼は同じ志を持っている人と一緒にいたいとこの話し合いで何度も語っていた。実際私には目標もあったし、将来どうしたいかだってたくさんあった。でも現状できていないのに未来を語るなんてかっこ悪いことしたくなかったからただ生きていると答えていた。

彼は、私の一面だけを見て架空のえりこを作り出しているようだった。そのえりこが嫌いになったと言われているようだった。

「本音を言い合える関係性にもなれませんでしたし、上辺の会話だけしてるように感じていて、それが辛かったです」

私からしたら、彼は本音を言い合おうと努力をしていたようには見えなかった。自分は本音をぶつける度胸もないのに相手にそれを求めて、本音で話せないから離れましょうなんて卑怯な話だ。

これは私情だが、その人の見える部分のみでその人像を作り上げて、その人の違う面を知ろうともしないで、自分は本音言えませんでしたが本音を言い合える関係になれなかったから離れましょうなんて、あまりにも人間として未熟で、卑怯で、卑屈なやり方だと感じた。

「僕何度もえりこさんに将来どうなりたいか聞きましたよね。その回答が毎回同じで、そんな回答する人に興味を持てなくなりました」

これもまたひどい話だ。紙切れのような軽い言葉一つでなぜその人を知ったような気になれるのだろうか。あまりに自分を過信しすぎている。自分の質問スキルが富士山ほど高いと思っている。

確かに彼は頭の回転も早く、賢かった。きっとたくさん褒められて生きてきたのだろう。彼は言った「違う価値観で違う考え方だと思った人とはすぐに縁を切ってきました。だから友達もいません」と。

点と点が繋がった感覚だった。人の一面を見てその人を全てを知ったつもりになり、その人の一面を見ただけで勝手にその人像を作りあげ嫌いになる。そして知る価値もないと判断し縁を切る。

私はあまりにも人間を満喫していないと思った。人間ってそんな簡単なものではないと憤慨さえ覚えた。

確かに同じ価値観で同じ考え方だったら喧嘩も起こらず、お互いを肯定しあって心地のいい空間だろう。でも私はそんな悲しい人生はないと思う。

価値観をぶつけ合ってお互いの価値観の間をとって共存する。違う考え方を聞いて新たなものの見方を知る。それが人間の醍醐味ではないか。

あの言葉に彼が詰まっていた。未熟で卑怯で卑屈で視野が狭いとこのような化け物が出来上がるのだ。

付き合っている時よく彼は成長したいと言っていた。あなたはきっと成長する段階にも来ていない。まずは人間になりなさい。人間の醍醐味を楽しめた時やっと成長する段階に行けるはず。

こんな話をしていたら、カフェにいたはずがファミレスになり、最終的に駅のホームに2人で立っていた。

私は負けず嫌いだ。とても。だから全て伝えた。

あなたのやり方は未熟で卑怯で卑屈だと。今日一連の話は筋も通っていない。あなたは想像力がない。自分を過信しすぎだ。人間ってそんな簡単な生き物ではない、と。

涙が出た。きっと悲しみではない。

彼は黙っていた。同じ価値観と同じ考え方の人間しか周りにいない人からしたらとても奇妙な言葉だったろう。そして私のような人間をこれからも排除していくのだろう。

涙が出るくらい出すのがしんどかった言葉たちはきっと彼には届かない。そして彼に対してこのような言葉が出る時点で排除対象になるのだろう。

「感情的にならないって言ったのに泣いたじゃないですか」

あまりにも会話が長すぎて彼が発した言葉はぽつぽつとしか残っていないがこの言葉だけは重く大きく深く心を抉ってきた。視野が狭い彼は、泣く=感情的になってしまうのも無理はない。でも世の中には自分の言葉を言語化するときに流れてしまう涙もあるのだ。

涙の種類もひとつではないことすら知らない彼は一生化け物のままなのかもしれない。

駅のホームでさようならと発した時刻は24時を回っていた。こんなにたくさんの感情が湧いた誕生日は初めてかもしれない。そして今までで一番特別な誕生日になった。

 

彼は深夜の一蘭の美味しさを知っていた。街が眠っている時に食べるラーメンは絶品だった。今思うと視野が狭くても深夜に食べるラーメンが美味しいことは知っていたんだと思う。皮肉すぎるが。

きっと一蘭を食べるたびにこの一連の出来事を思い出してしまうだろう。次の日すごく浮腫んで別人になったことも付随して。

いつか美味しいというだけの感情のみで深夜の一蘭を食べれる日が来るといいなと思う。

 

 

SNSやろうとしたら彼氏に100万円の投資で上手く行かせると言われた

これはマチアプで出会った顔が大大大タイプな男性だった。

会った時から話し方や距離の縮め方などに違和感はあった。

なんか何してる人かよくわからないし。

でも顔が好きだから全て流していた。

それがダメだった〜〜〜と今なら思う。

 

私は価値観が違う人が好きだ。考え方も自分にないものを持ってる人が好きだ。だからこそ謎が多い人が好きだ。

そして価値観が違う、この人の考え方は自分と違うと思った人を排除し、似たもの同士でつるんでる人間たちを下に見ている。視野が狭い世界でお互いを肯定しあって小さなコミュニティで生きるなんて勿体無いつまらない人生だと。

 

結論その顔好き男性はそのような人間だった。

 

別れは突然で、「今の関係を終わらせたいです🙇🏻‍♀️」(←絵文字クソムカつく)とのLINEだった。

私の率直な気持ちは、「はあ」と言う疑問が大きく、悲しみは少なかった。

 

まあ長々LINEで話した。文字を打つって結構だるいのよ。

相手の言い分は、出会った時はすごく面白い人間だと思っていたのに話してみたらなんかつまらない人間だった、と。(えぐい)そして同じ志を持って同じコミュニティにいる人間と付き合いたいから、と。最後に普段の会話で本音を話せるような関係にならないからずっと上っ面みたいでしんどかった、と。

 

負けず嫌いの私は一つ一つ紐解いた。

まずつまらないだと?わたしが?という気持ちがデカすぎてブチギレそうだったが感情論は嫌いなので必死に抑えた。

顔大好き男性がどこでつまらないと感じたかを聞いた結果ものすごく想像力がない人間だということがわかった。

私はかっこつけるくせがある。努力を表に見せたくないのだ。だから今何してるか聞かれたら休日だしなにもしてない」といっていたし未来のことを聞かれたら「なんとなく生きれればいい」と答えていた。

それが地雷だったようだ。わたしのその様子を見て、つまらない人間だと判断したようだった。

だから必死に弁解しましたよ。かっこつけてました、と。そしてお前が私を見て聞いた情報のみで私の像を作り上げそれが私の全てだと思い込んだことを未熟に思えと。

人間はそんな表面の言葉と表面の行動のみで真髄がわかるものではないのだと。(これもしっかり言わせてもらった負けず嫌いだから)

本音で話せなかったのも嫌だったと言っていたが、じゃあお前は本音で話そうという努力をしたか?結局してなかったんですよね。自分はしてないくせに相手に求めて、できなかったからあなた嫌いです。←えぐい他責

まあ彼はプライドが高く、若さにしては賢い方だったと思う。彼はその自分をあまりに過信しすぎだった。自分は、自分の質問のみで相手のことがわかると自信を持ちすぎていた。未熟だ。そんな人間簡単だったらどれだけこの世はつまらないか。

結局彼が求めていたのは、自分の質問ですぐ自己開示してくれる人間、同じ価値観を持った人間、同じ考えを持った人間だったということ。

く〜!!あまりにも視野が狭すぎるし未熟だ〜!!!僕成長したいですとか言ってたけどそんな環境で成長できるわけないだろ〜🤣です。

同じような人間がいる中でする成長って蕾が蕾のままでかくなるようなものだと私は思う。成長はしているのかもしれないが本質は変わらず成長した気になっているだけだと思う。

私が彼に伝えた言葉はあまりにも彼にとって奇妙な言葉ばかりだっただろう。

彼は自分に自信があった。なぜなら同じ価値観で同じ考え方の人しかいない環境にいるから考え方に否定もされず生き方も否定されたことないだろうから。

しかし、あなたの考え方はあまりに未熟で卑怯で視野が狭すぎると私は伝えた。どう思っていたかはわからない。プライドも高いしおそらく聞き流されていたかもしれない。

でも、少なくとも、あなたの未熟で卑怯で視野の狭いせいで傷つけられた人間がいることは一生忘れないでほしい。あともしよかったら一生不幸でいて欲しい。一生両足の小指打撲してる状態とか。

そんなやつに

「僕に100万払ったらSNSバズらせますよ」

と言われました。ウケる。

 

 

 

 

コンサータと生きる、静かな日々のはじまり(1)

わたしはADHDなんだそう。

確かに昔からみんなができることはできなかった。

 

例えば中学の中間期末テスト期間。

小学生から中学生になり、本格的にテストというものに出会うことになる。

 

テスト勉強がわからなかった中学時代

 

テスト前にはテスト期間という、テスト勉強をするための期間があった。

このテスト期間はわたしからしたら、部活もなくて、授業も早く終わって、謎の空白が生まれた期間だった。

テスト期間については特になんの説明もない。今考えればテストのために勉強をする期間だということはわかるのだけれど、当時のわたしはテストの前はなぜか時間があるな、と考えていた。

部活もないし授業も早く終わるのだから、友達とも遊べると考えたわたしは友達を遊びに誘うが、不思議なことに誰も乗ってくれなかった。

この疑問はしばらく持ち続けることになる。

テスト期間の意味がわからないわたしのテストはいつも悲惨だった。

順位は下から数えた方が早い、そんなことは当たり前だった。

もちろんテスト勉強をしていないのだから、テストができるわけもない。

 

ここでまた疑問が増える。

みんなはなんであの問題が解けるんだ?

友達は、「テストのために勉強してるから当たり前だよ」とよく言っていた。

でもわたしはその言葉の意味がよくわかっていなかった。

 

そもそもテスト勉強がなにかわかっていなかった。

詳しく説明すると、テストのためにどのような勉強をすればいいかもわからないし、やり方もわからないし、それをいつしているのかもわからないのだ。

普通の人はもしかしたら、なんでそんなことがわからない?と思うかもしれない。

でもわたしから言わせてもらうと、

 

テストのためにはこのような勉強をしてください

テスト期間はテストの問題を解くために今までの授業を振り返って勉強をしてください

暗記することが大事ですよ

 

などという説明を一切してくれなかったじゃないかという気持ちが強い。

わたしのような人間は1から説明してくれないと何もできない。

想像して予測して行動することができない。

そしてそれすら自分で理解することができない。

今思うと当時のわたしは可哀想だった。

コンサータを飲んでいる今、中学時代テスト勉強を理解できなかった自分は普通ではなかったんだなと悲しくなる。

 

その後、135位が43位まで順位が上がり、高校時代は常に学年5位以内になったという話はまた今度したい。