今日は満月だ。そして私の誕生日だ。
私は人に比べて誕生日を特別視するような人間ではない。
歳を重ね、死に近づき、運が良ければプレゼントをもらえる。そんな日だ。
いい意味でも悪い意味でも重要視するようなものでもない。ただの日常。
そんな今日解釈が壊された。
前日に伝えられたこの関係を終わりにしたいとの冷たい言葉。真冬に生足を出してる時の何倍も冷い言葉。
そんな素ぶりはなかった、と思う。でも今思い返せば心の距離を離してる仕草がたくさんあった。
しかし彼はずるい。「僕は気分屋ですから」というそのずるい言葉に私は飲み込まれていた。
私は素直できっと私に面識がある人10人中8人は素直な人だと答てもらえる自信がある。
少し冷たくても「疲れてるんだ」と言われれば信じていたし、「手を繋いでもいいですか?」という言葉がなくてもこんな日もあるか、と受け取っていた。今考えるとおそらく心の距離が離れていっている兆候だったのだろう。なんて能天気なやつなんだと自分でも思う。別れたあとに気づくなんて最悪の置き手紙のようだ。
離れたいという言葉を受け取って返した言葉は、離れたいと思った理由はなんですか?でただ、その考えに至ってしまった思考の経路を知りたかった。
彼の最初の回答は、「価値観の違いと考え方の違い」だった。
がっかりだった。
上辺のような、ありきたりで、ただ離れたいためにいう決め台詞みたいなことを言われて。
この世に価値観が全く同じ人がいるか?考え方が全く同じ人がいるか?
思わず感情に言葉を乗せるところだった。
価値観というのは違いを楽しむものではないのか、考え方というのは違う考え方を聞いて視野を広げていくものではないのか。このような会話を楽しむのも恋人というものではないのか。
LINE上の文面のみでは、私は彼の離れたくなるまでに至る思考を読み取れず、会うことを提案した。顔も見たくないくらい嫌になっているのなら会わなくて良いとも。
彼はそこまで嫌いになってはいないようで明日池袋で合流しカフェに行くことになった。
当日彼から送られてきたメッセージは今までで一番光がなかった。こんな能天気な私でも心が離れていることがわかるくらい。
合流して早々「今日寒いですね」と言われた。暖かい言葉なはずなのに全く暖かくない。柔らかい言葉なはずなのに棘さえ感じる痛い言葉だった。耳に棘が刺さったまま聞く彼の言葉はどれも痛かった。数日前までは棘を抜いてくれる存在だったのに。
彼はカフェでの話し合いを望んでいたが、私はカフェの静寂に耐えられる気がせずファミレスを提案した。普通に却下された。
何度も池袋に来てるはずなのに見たこともないカフェに決定して、静寂に耐える覚悟を決めながらカフェに入店した。
メニューを持ってきてもらって私は紅茶のみ載っているページを開いて彼に見せた。彼はコーヒーが飲めないからだ。そして彼は紅茶に砂糖を入れないと飲めない。私なりの優しさだった。もう開いていない彼の心に優しさを見せつけるように、わざとらしくページを開いた。
案の定彼は温かい紅茶を頼み、私はアイスカフェラテを頼んだ。ちょっといいカフェだったからきっと美味しいカフェラテだったのだろう。
結論、彼は、私の話すこと、行動、見ているもの、聴いているものを見ているとつまらない人間だと感じた。そしてそれに失望した。だから離れたいとのことだった。
まあ、つまらないと思われても仕方ない生活をしていたかもしれない。実際自分のそのような面しか見せていなかったし。
彼は人間はたった一面でできているわけでないということを知らないようだった。自分に見せている面がその人の全てだと。
私はかっこつけたがりだ。とにかく努力を隠したい、目標だって人に言いたくない。そっちの方がかっこいいじゃん。泥臭く頑張ってる姿は人に見せたくないんだよ。
「えりこさんにどうして生きてるか聞いても目標もなくてただ生きてるだけと答えてたじゃないですか。その話を聞いた時、僕はこの人と居ても幸せになれないと思ったんです。」
あと彼は同じ志を持っている人と一緒にいたいとこの話し合いで何度も語っていた。実際私には目標もあったし、将来どうしたいかだってたくさんあった。でも現状できていないのに未来を語るなんてかっこ悪いことしたくなかったからただ生きていると答えていた。
彼は、私の一面だけを見て架空のえりこを作り出しているようだった。そのえりこが嫌いになったと言われているようだった。
「本音を言い合える関係性にもなれませんでしたし、上辺の会話だけしてるように感じていて、それが辛かったです」
私からしたら、彼は本音を言い合おうと努力をしていたようには見えなかった。自分は本音をぶつける度胸もないのに相手にそれを求めて、本音で話せないから離れましょうなんて卑怯な話だ。
これは私情だが、その人の見える部分のみでその人像を作り上げて、その人の違う面を知ろうともしないで、自分は本音言えませんでしたが本音を言い合える関係になれなかったから離れましょうなんて、あまりにも人間として未熟で、卑怯で、卑屈なやり方だと感じた。
「僕何度もえりこさんに将来どうなりたいか聞きましたよね。その回答が毎回同じで、そんな回答する人に興味を持てなくなりました」
これもまたひどい話だ。紙切れのような軽い言葉一つでなぜその人を知ったような気になれるのだろうか。あまりに自分を過信しすぎている。自分の質問スキルが富士山ほど高いと思っている。
確かに彼は頭の回転も早く、賢かった。きっとたくさん褒められて生きてきたのだろう。彼は言った「違う価値観で違う考え方だと思った人とはすぐに縁を切ってきました。だから友達もいません」と。
点と点が繋がった感覚だった。人の一面を見てその人を全てを知ったつもりになり、その人の一面を見ただけで勝手にその人像を作りあげ嫌いになる。そして知る価値もないと判断し縁を切る。
私はあまりにも人間を満喫していないと思った。人間ってそんな簡単なものではないと憤慨さえ覚えた。
確かに同じ価値観で同じ考え方だったら喧嘩も起こらず、お互いを肯定しあって心地のいい空間だろう。でも私はそんな悲しい人生はないと思う。
価値観をぶつけ合ってお互いの価値観の間をとって共存する。違う考え方を聞いて新たなものの見方を知る。それが人間の醍醐味ではないか。
あの言葉に彼が詰まっていた。未熟で卑怯で卑屈で視野が狭いとこのような化け物が出来上がるのだ。
付き合っている時よく彼は成長したいと言っていた。あなたはきっと成長する段階にも来ていない。まずは人間になりなさい。人間の醍醐味を楽しめた時やっと成長する段階に行けるはず。
こんな話をしていたら、カフェにいたはずがファミレスになり、最終的に駅のホームに2人で立っていた。
私は負けず嫌いだ。とても。だから全て伝えた。
あなたのやり方は未熟で卑怯で卑屈だと。今日一連の話は筋も通っていない。あなたは想像力がない。自分を過信しすぎだ。人間ってそんな簡単な生き物ではない、と。
涙が出た。きっと悲しみではない。
彼は黙っていた。同じ価値観と同じ考え方の人間しか周りにいない人からしたらとても奇妙な言葉だったろう。そして私のような人間をこれからも排除していくのだろう。
涙が出るくらい出すのがしんどかった言葉たちはきっと彼には届かない。そして彼に対してこのような言葉が出る時点で排除対象になるのだろう。
「感情的にならないって言ったのに泣いたじゃないですか」
あまりにも会話が長すぎて彼が発した言葉はぽつぽつとしか残っていないがこの言葉だけは重く大きく深く心を抉ってきた。視野が狭い彼は、泣く=感情的になってしまうのも無理はない。でも世の中には自分の言葉を言語化するときに流れてしまう涙もあるのだ。
涙の種類もひとつではないことすら知らない彼は一生化け物のままなのかもしれない。
駅のホームでさようならと発した時刻は24時を回っていた。こんなにたくさんの感情が湧いた誕生日は初めてかもしれない。そして今までで一番特別な誕生日になった。
彼は深夜の一蘭の美味しさを知っていた。街が眠っている時に食べるラーメンは絶品だった。今思うと視野が狭くても深夜に食べるラーメンが美味しいことは知っていたんだと思う。皮肉すぎるが。
きっと一蘭を食べるたびにこの一連の出来事を思い出してしまうだろう。次の日すごく浮腫んで別人になったことも付随して。
いつか美味しいというだけの感情のみで深夜の一蘭を食べれる日が来るといいなと思う。